2022年、新宿駅西口の再開発に伴う大量閉店により、小田急レストランシステムは新ブランド立ち上げによる収益確保が急務となった。当時は長引くコロナ禍により、アルコールを提供する居酒屋などが向かい風を受けていたころ。そこで活路を見出したのが、「食堂」という新業態だった。株式会社今川商店からのフランチャイズを受け、西新宿に「いまがわ食堂」がオープンするまでの裏側をキーマンたちに聞く。

- 多並 亨
- 和食事業部付営業主任
2012年(新卒入社)
法学部 卒
東京都出身 - 小学生のころに野球を始め、学生時代に野球場でのアルバイトをきっかけに接客の楽しさに目覚める。就職活動では、食べることが好きなことから飲食業を志し、小田急レストランシステムに新卒入社。休日は家族と過ごしたり、野球やラグビーの観戦に出かけたりする。応援しているチームは日本ハム。
- 座右の銘「継続は力なり」
- 好きな食べ物刺身、かつ丼、麻婆豆腐、焼き鳥、日本酒。

- 清水 一洋
- 取締役
1986年入社(新卒入社)
人文学部 文学科 卒
神奈川県出身 - 新卒入社後はゴルフ場に配属され、その後経理を経て和食そば事業部に。その後、軽食事業グループや洋食事業グループなど、和洋問わずマネジメント職で経験を積み、2024年より現職。仲間たちと新たな店を開拓することが趣味になり、現在も宝探し感覚で気になる店に足を運ぶ。休日は自ら台所に立ち、デザートを作ることも。
- 座右の銘「初心忘るべからず」
- 好きな食べ物フォレスティコーヒー相模大野のクレープ。

- 長井 淳
- 和食事業部長
1996年(キャリア入社)
経済学部2部 経済学科 卒
神奈川県出身 - 配送業を経て、小田急レストランシステムにはアルバイトで入り、そのままキャリア入社。中学ではバスケ部、高校では軽音楽部に所属。休日は息子とサッカーをしたり、家族と買い物に行ったりして過ごす。音楽はブルース、ジャズ、ラウドロックと幅広く聞き、映画はキャスリン・ビグロー監督の作品が好き。
- 座右の銘「一期一会」
- 好きな食べ物ハンバーグ、ビーフシチュー、パテ・ド・カンパーニュ。


2022年10月2日、小田急百貨店新宿店本館は最終営業日を迎えた。小田急電鉄株式会社が事業主体のひとつである「新宿駅西口地区開発計画」。新宿駅西口を中心とした大規模な再開発だ。本館の建物は取り壊され、新たな複合ビルの建設が2029年竣工を目指して進んでいる。
そして小田急百貨店新宿店に出店していた小田急レストランシステムの店舗も、このタイミングで9店舗が閉店した。さらに2025年3月には、小田急線新宿駅地下コンコースなどに出店していた5店舗が閉店。計14店舗の閉店は当初から計画されたものであり、小田急レストランシステムでは会社の存続に関わる大きな課題として、2018年後半から対策が検討されていた。
既存店舗の強化だけでは、閉店した14店舗の穴を埋めることはできない。新たな収益基盤となる店舗やブランドの導入は急務だった。しかし、自社ブランドの開発には相応の費用と時間が必要なため、他社ブランドとのフランチャイズ店舗(FC)を展開することで活路を見出すこととした。
その背景から、2020年2月にはスターバックスコーヒージャパン株式会社とサブライセンス契約を締結。2020年7月に当社1号店となる経堂駅店を開業した。それと並行して、清水らはさらなる収益が見込まれるブランドを模索していた。
2022年7月。清水は以前から懇意にしている株式会社キープ・ウィルダイニングとの情報交換のなかで、FCの提案を受ける。キープ・ウィルダイニングは、東京都町田市を拠点にさまざまな飲食業態を展開する企業。いくつかの業態を提案されたなかで、「食堂をやりませんか?」と名前が挙がったのが「いまがわ食堂」だった。


いまがわ食堂は関東では珍しい、生のサバを売りにした海鮮料理専門店だ。運営元の株式会社今川商店は卸売事業も営んでおり、三浦漁港に水揚げされた鮮魚を港で直接買い付け、加工や店舗までの配送を自社で一貫して行っている。メニューは脂が乗った「ごまさば丼」などが売れ筋で、3店舗ある直営店の業績も好調だった。

実は、いまがわ食堂にはプライベートで訪れたことがありました。町田店に行列ができているのを見たのが最初で、何度か見送ってやっと入れたんです。若い人たちがこんなに並んでまで魚を食べにくるとは、と衝撃を受けたのを覚えています。
キープ・ウィルダイニングからの提案を受け、清水は「まず“食堂”という業態がいいなと思いました」と話す。
当時はまだコロナ禍で、アルコール提供や集団会食に忌避感があったころ。小田急レストランシステムも、居酒屋などハレの日利用の業態はかなり痛手を受けていた。同じ轍を踏まないためにも、アルコールに依存しない「食堂」という業態は魅力的だった。

参入障壁が低いこともポイントでした。事前に加工された状態で商品が届くため、専門的な技術がなくても商品が提供できるレシピになっていたのです。三浦市三崎港で水揚げされる魚介がメニューの中心であるところも、当社が考える地域価値創造の観点に合致していました。
こうして2022年に11月、小田急レストランシステムは今川商店とフランチャイズ契約を締結した。待ちに待った新ブランド。しかし実際に1号店がオープンしたのは、半年以上経った2023年7月だった。


長井らは、いまがわ食堂1号店をどこに出店するか、時間をかけて見極めていた。
これまでは小田急グループとして、小田急沿線にある同グループの施設を中心に出店していた。しかし、いまがわ食堂は既存店が繁華街でも実績を出しているため、特に沿線にこだわらないことに決めた。
物件に求める条件も、決して厳しくはなかった。できれば1階の路面店がベストだが、看板さえ出せれば2階や地下でも構わない。和食の食堂という業態のため、電気設備等の制約もほぼなかった。探し始めれば、候補となる物件は数多くあった。

物件の情報が入ったら、すぐに見に行っていましたね。まず現地を確認してから、周辺の様子を見て、駅の乗降数などもチェックしていました。立川、御徒町、狛江、川崎、烏山……10件以上は内見をしたと思います。
それでも、なかなか決定打には至らなかった。コロナ禍を経て空き物件は多く出ていたが、2022年当時は「事業をもう一度拡大させよう」という機運が高まってきたころ。好立地の物件は取り合いになり、賃料を交渉しているあいだに競争に負けることも少なくなかった。
当初は「年内には」と思っていた物件探しは、「年度内には」に変わり、とうとう4月を迎えた。候補として残ったのは、綱島と西新宿の2つ。綱島は小田急沿線ではないが、商圏として未開拓の地にチャレンジしたい思いがある。西新宿の物件は店舗面積が50坪と申し分ないが、周辺には飲食の競合も多い。最終的にメンバー3名で多数決をとり、2対1で西新宿に決まった。ちなみに西新宿の物件は、多並が見つけてきたものだった。

西新宿は、周辺に魚系の業態の競合がたくさんあります。だからこそ、この地で一定のサービスを提供できれば、いまがわ食堂の評判が高まると考えました。もちろん不安はありましたが、『やってやろうじゃないか』という気持ちでしたね。


2023年5月、西新宿の物件と契約を交わしたタイミングで、出店に向けた内装工事を進めた。本来は契約からオープンまで2ヶ月ほど時間をかけるが、物件探しに時間をかけたこともあり、当時は「40日で施工を完了させる」という目標を掲げたという。長井は「あまりに忙しかったせいで、当時の記憶が不鮮明なのですが」と苦笑いする。

ただでさえ綱渡りのスケジュールのなか、工事開始後に漏水が起きてしまったんです。壁や天井の内装が仕上がったところに外壁から水が漏れ、エアコンもダメになってしまって。2週間ほど工事が止まり、その後は開店準備と並行して、ビルの管理組合と復旧に関わる交渉を続けました。
紆余曲折を乗り越え、いまがわ食堂西新宿店は2023年7月17日にグランドオープンした。現場は「やっとオープンできた」という安堵と、「ここから新しい事業がスタートする」という高揚感に包まれていた。
幅広い客層を取り込むことに成功しました
ただ、その船出は決して順風満帆とは言えなかった。既存店の業績から多くの客入りを見込んでいたが、最初は思ったより反応が鈍く、長井は「どうしようかと焦りました」と振り返る。
それでも粘り強く営業を続けていると、口コミを含めて認知度が徐々に上がってきた。平日昼は20代から30代の会社員が、平日夜は40代から60代の男性が客層として多くなり、特に週末は若者や家族連れ、外国人観光客で賑わうようになったという。

私たちは、『あの立地だと土日は苦戦するだろう』と考えていました。会社員の方々は休みですし、いわゆる新宿の繁華街からは若干離れた場所だからです。しかし、ふたを開けてみると完全に逆でしたね。今は金・土・日のほうが、高い水準で売上をキープできています。Googleビジネスプロフィールなど、口コミ戦略に力を入れたことも功を奏したのではないでしょうか。


売上を支える要素のひとつが「宴会」だ。そもそも、いまがわ食堂には宴会メニューがほぼなかったという。

夜の新宿であれば、1人5000円程度の宴会ニーズは必ずあります。そこでFCの本部に依頼して、3000円・4000円・5000円のコースメニューをそれぞれ組んでもらいました。

例えば4000円のコースは、品数が豊富で、お客様に『食べきれないよ』と言われるくらいです。宴会のご利用は会社員の方が多く、忘年会シーズンなどは特に賑わいます。もちろん、売上にもかなり貢献しています。
その宴会に欠かせないものといえばアルコールだ。「アルコールに依存しない業態」として選んだ食堂業態だったが、もともといまがわ食堂のグランドメニューにも酒類はあった。

コロナ禍でアルコールを提供する店が減っていくなか、食堂と言えども酒類のニーズは絶対にあると考えていました。酒類の扱いは私たちの強みでもありますので、FCの本部に『自由にやらせてもらえないか』とお願いしたのです。もちろん、居酒屋にするつもりはありません。ただ、酒類のバリエーションを増やせば売上にも貢献できるだろうと。
FCからの許可を受け、清水は店長を務める多並に酒類の売り方を一任した。多並は唎酒師の資格を持っている。多並は日本酒をはじめ、サワーや焼酎を各種取り揃えて、西新宿の売上をさらに伸ばしていった。
珍しい生さばの料理がずらり
珍しい日本酒などを揃え、
売上を伸ばしていきました


その多並にも悩みがあった。当時、ここまで大きな店舗で店長を務めたことがなく、マネジメントに課題を抱えていたのだ。そもそも、オープン前にパート・アルバイトを集める段階から苦難は始まっていた。

店の規模感から、最低でも30名は採用したいと思っていたのですが、最初の募集では人が集まらなかったんです。店の知名度がない分、周辺の相場より少し高い時給を設定したものの、それでも足りない。2回目の募集をかけて、ようやく揃った形でした。
社員2名に対し、パート・アルバイトは約35名採用した。彼らを一定のレベル以上に引き上げるべく、オープン前は本部から提供されたマニュアルに沿ってトレーニングをし、オープン後はOJTを通じて店舗のオペレーション構築を目指した。「大人数のスタッフをまとめることに一番苦労しました」と多並は振り返る。

30名を超えるスタッフたちは、30代後半から20代前半まで年齢層もバラバラですし、それぞれの経験値も異なります。店長の仕事だけでも必死ななか、彼らをどうやって一つにまとめればいいのか悩んでいました。
苦悩する多並に、清水や長井は「自分が何をやりたいのかを、きちんと言葉にして伝えなさい」とアドバイスしたという。自分はこの店で何を成し遂げたいのだろうか。考え抜いた末に多並が導いた言葉は、「一期一会」だった。

お客さまとの出会いは一期一会です。もう二度と訪れないかもしれないこの瞬間を大切にしよう、その気持ちでサービスを心がけよう、と。自分の思いを紙にまとめ、スタッフ一人ひとりと面談をし、『こういうことをやりたいので、一緒に頑張っていきましょう』と伝えました。
それ以降、多並はスタッフと毎月1on1を実施し、それぞれが抱える課題や悩みを聞く機会を設けた。スタッフの声に耳を傾ければ、こちらの声も届く。
西新宿店は現在も「One time, one meeting
一期一会」を合言葉に掲げている。「来店されるお客様に一生に一度のこの機会に誠意を尽くす」ことを大切にし、時間帯や忙しさに合わせて6名から8名のスタッフが一丸となって店を回している。


その後、いまがわ食堂は祖師ヶ谷大蔵、大和、鶴川、小田急相模原に店舗をオープンし、現在は計5店舗で営業を続けている。前述のように、いまがわ食堂は小田急沿線に出店を限っておらず、物件に求める条件も厳しくない。これからさらに店舗が広がる可能性を秘めている。清水は「小田急レストランシステムの発展は、いまがわ食堂にかかっていると言っても過言ではない」と話す。

当社は『箱根そば』という主要事業があります。その大黒柱に、さらに第二第三の柱を加えると考えたとき、いまがわ食堂はその筆頭となる存在でしょう。このブランドを始められたことは、小田急レストランシステムにとって革新的なことだったと思います。
さらに、いまがわ食堂のFC展開は「文化交流」の側面もあると、長井と多並は語る。

FCという形で事業を拡大するなかで、新しい文化も当然入ってきます。私たちが当たり前と思っていたことが、FCでは当たり前ではなかったり、逆にFCでは当たり前のことが、私たちにとって当たり前ではなかったりする。日々の新たな気づきが、互いを成長させる糧になればと思います。

FCの店舗運営にあたり、今川商店の直営店で一ヵ月ほど研修を受けました。新卒で入社して以来、ずっとこの会社で働いてきましたので、他の会社の文化に触れたことがとても新鮮でしたね。
いまがわ食堂はFCとはいえ、宴会メニューをはじめ同社の特色を十分に活かせる環境にある。互いの文化を認め、高め合うことでより大きな成長が期待できるだろう。

いまがわ食堂を始めてから、関係者は必ず三崎に連れて行くようにしているんです。市場での買い付けや、加工している現場を実際に見たうえで、社員には業務に携わってほしい。
今川商店の三崎への思い入れの強さ、そして小田急レストランシステムが目指す『地域価値創造型企業』を体現する存在が、いまがわ食堂であると考えています。
※本内容は取材当時のものです。
Special Contents写真で見る三崎漁港見学会
神奈川県三浦半島の先端にある三浦漁港は、全国でもトップクラスのマグロの水揚げ高を誇ることで有名ですが、相模湾と太平洋という良質な魚場に面していることからも、様々な魚を捕る漁船が集まる屈指の漁港となっています。いまがわ食堂の関係者は三崎に行き、いまがわ食堂の生命線ともいえる、その日の獲れた新鮮なサバとはどんなものなのか、そして、どのように加工され運ばれていくかといった、現場の息吹を体感いただいています。
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1三浦半島の先端にある三崎漁港は、周囲を海に囲まれた温暖な土地で、辺り一帯は三浦大根などの三浦野菜の産地としても有名です。
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2三崎漁港の魚市場は、三浦半島最大規模です。周囲にはとれたての海鮮料理が食べられる手頃価格の食堂などが多数あり、週末ともなれば観光客で賑わいます。
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3多くの漁船が集積する一大漁港です。みなさんも機会ありましたら、ぜひ足を運んでみて下さい。水揚げシーンは圧巻そのものです。
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4三崎魚市場の中には、その日に獲れた様々な魚種の魚が並びます。こんなに色々な種類のの魚がいるのかと感動します。
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5普段目にすることがない珍しい魚種や、加工前の生きた鯖や鯛などが間近で見られ、現場のリアルな雰囲気が体感できます。
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6水揚げされたばかりのサバです。これがその日の内に加工され、いまがわ食堂まで運ばれます。なんといっても、この地産地消の新鮮さが一番の売りです。
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7仲買人の方々が真剣な目付きで、次々と競り落として行く様は壮観です。
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8市場に立ち会う、いまがわ食堂の親会社、株式会社今川商店の代表取締役 林氏(真ん中の眼鏡の方)。素材から自分の目で見て判断する様は、まさにプロフェッショナルそのもの。
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9美味しそうなサバですね。質の高い新鮮な鯖が地産地消されるからこそ、いまがわ食堂はお客様に支持されるのです。皆さんも、その美味しさの裏にある秘密を存分に味わって下さい。
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