神奈川県海老名市にあるロマンスカーミュージアム。その一画にあるカフェ「ビナキッチン」は、小田急レストランシステムがこの場所に出店するために作った新業態だ。オムライスやナポリタン、プリンアラモードなどレトロ感を打ち出した洋食店は、どのように生まれたのか。その背景や軌跡をキーマンたちに聞く。

- 宮嶋 敏之
- 洋食事業部 支配人代理
2007年(キャリア入社)
経済学部 経済学科 卒
東京都出身 - 新卒で食品卸業に就職。その後、イタリア料理店で飲食店経営を学び、調理師免許を取得。さらに大きな店舗で幅広い経験を積もうと、小田急レストランシステムに中途入社する。休日は2人の子どもと3匹の猫と遊んで過ごす。
- 座右の銘「一期一会」「日進月歩」
- 好きな食べ物妻の手料理。

- 清水 一洋
- 取締役
1986年入社(新卒入社)
人文学部 文学科 卒
神奈川県出身 - 新卒入社後はゴルフ場に配属され、その後経理を経て和食そば事業部に。その後、軽食事業グループや洋食事業グループなど、和洋問わずマネジメント職で経験を積み、2024年より現職。仲間たちと新たな店を開拓することが趣味になり、現在も宝探し感覚で気になる店に足を運ぶ。休日は自ら台所に立ち、デザートを作ることも。
- 座右の銘「初心忘るべからず」
- 好きな食べ物フォレスティコーヒー相模大野のクレープ。

- 後藤 智弘
- 洋食事業部長 スターバックス事業部長 RYO事業部長
1994年(新卒入社)
経済学部 経済学科 卒
群馬県出身 - 中学では陸上、大学では吹奏楽部でトロンボーンを担当する。趣味は旅行、家事、猫と過ごすこと。新卒入社後は「つゞらお」「カフェランコントル」「パスタハウスピッコロ」など和洋問わず店舗で経験を積み、2021年から現職。
- 座右の銘「粘り強く」
- 好きな食べ物旅行先で郷土料理を食べること。


ここ数年、人口増が続く神奈川県海老名市。市の中心部にある海老名駅はJR・小田急・相鉄の三路線が乗り入れ、2023年には相鉄と東急が相互直通運転を開始した。駅前の再開発も伴い、近年は子育て世代を中心に人気が高まっている。小田急電鉄も2023年2月に本社機能の一部を海老名に移しており、まさに「西の拠点」と言える場所だ。
その海老名駅のそばに「ロマンスカーミュージアム」はある。特急ロマンスカーの歴代車両や沿線のジオラマが展示され、週末や夏休みは多くの家族連れでにぎわう。その一画にあるカフェが閉店すると清水が聞いたのは、2023年1月のことだった。

テナントが空きそうなのですが、小田急レストランシステムさんはそこに店を出すご意思がありますか、と打診を受けました。立地が良いので、他社も出店を検討されていますと。店を出すのか出さないのか、出すのならばどんな業態にするのかを考えねばなりませんでした。
ロマンスカーミュージアムは、小田急と相鉄の海老名駅と、JRの海老名駅に挟まれた場所にある。カフェは両駅を結ぶ通路に面しており、終日を通じて通行量は多い。広さも68坪と申し分なかった。
ではなぜ閉店するのか。ひとつは競合店の多さ。人口増が続く海老名は食のポテンシャルも高く、休日は周辺のカフェに多くの客が流れていたのだ。そしてもうひとつの要因はメニュー選びにあったと、清水は分析する。

そのカフェは本格的なカレーとハンバーガーが売りで、料理のクオリティも高いものでした。ただ、お客さまはミュージアムを訪れた家族連れがメイン。お子様からお年寄りまで三世代が集まる場所に、うまくメニューが訴求できなかったのだと思います。
小田急レストランシステムは、海老名に箱根そばやおだむすびなど既に4店舗を出店しており、同社にとってもまさに「西の拠点」。同じ小田急グループとして、出店したい思いはある。問題はどの業態で勝負するかだった。テナントが閉店するのは5月。4月には新店舗のプレゼンがある。それまでに業態とメニュー案を考えなければならない。
2023年2月、清水は調理・サービス指導・購買グループで料理長を務める上原に、あるお願いをした。「どことは言わないけど、今後レトロっぽいものをやろうと思っているから、なんとなく考えておいてもらえないか」と。


実は清水には、以前から「レトロな洋食屋をやりたい」という思いがあった。
小田急レストランシステムは箱根そばをはじめ、和食系のブランドを主力としている。洋食系のブランドにはカフェやイタリアンもあるが、手持ちのカードをもう少し増やしておきたい。そこで目を付けたのが、オムライスやナポリタンなど昔ながらの洋食メニューを中心にした「レトロ洋食屋」だった。

レトロ洋食屋は一時期ブームになったこともあり、自分の中でずっと温めていた業態なんです。気になる店は実際に食べに行きましたし、社員を連れていって『こういうの面白くない?』と話したこともありましたね。
清水は「自分は飲食情報が社内で一番じゃないと気が済まないタイプ」と笑う。SNSで新しい店を見つけたら、仕事もプライベートも関係なく、とにかく行って確かめることを習慣にしてきた。そうして常にアンテナを張っていた中に、レトロ洋食屋があったのだ。
ロマンスカーミュージアムには、さまざまな年代の客が訪れる。オムライスやナポリタンなら、子どもにもお年寄りにもわかりやすく、メニューを見るだけでどんな商品かを想像できるだろう。近隣のカフェと差別化する意味でも、「レトロ洋食屋」という業態はぴったりだった。

Head Quarters Cafeなどの既存カフェブランドで勝負しようとは、まったく思いませんでしたね。『強者は同じ土俵で勝負しない』というのが私の持論。競合店と同じ土俵でぶつかり合うのではなく、少しずらしたところにニーズがあるなら、そこで勝負をした方がいいと思っているんです。
とはいえ、新ブランドをゼロから立ち上げるのは簡単なことではない。通常は立ち上げまで年単位の時間がかかるが、今回は数ヵ月の猶予しかなかった。店舗の外観、内装、メニュー、ロゴマーク、オペレーション、採用、教育など、考えるべきことは山ほどある。清水はレトロ洋食屋のプランをある程度固め、当時軽食事業部長を務めていた後藤に声をかけた。


後藤は「話を聞いたときから、ミュージアムとレトロ洋食屋はすごく親和性があるなと思いました」と話す。4月からプロジェクトに参画した後藤は、新ブランドのコンセプトを「いつもの私の寄り道キッチン」に決めた。

当時は、新型コロナウィルス感染症が5類感染症に引き下げられたころ。ミュージアムをご利用なさるお客さまはもちろん、地域の方々にとっても、心が豊かになる『いつもの場所』でありたいという思いを込めました。
このコンセプトには「ミュージアムの附帯施設からの脱却」という思いもあった。飲食店として単体で利益をあげるには、在住者や来街者などの一般利用にいかに堪えうるかが鍵となる。従来の“観光地価格”から値段を下げ、コストパフォーマンスを高めるなど、気軽に利用できる店であることを意識した。
こうして2023年4月末、清水らは新店舗のプレゼンに臨んだ。3~4社の競合他社がひしめくなか、最終的に小田急レストランシステムの案が採択される。胸をなで下ろすと同時に、ここからがスタートだった。

『5月末にテナントが閉店するので一刻も早くオープンしてほしい』ということでしたので、ゴールデンウィーク明け早々に現地を視察し、内装や厨房設備などを確認しました。グランドオープンが7月8日でしたので、結果的に約2ヶ月で準備したことになりますね。
とにかく時間が足りない。什器類は極力既存店舗のものを利用することにした。内装も大掛かりな工事まで必要なかったが、清水はホールの中央にある大きな2台のテーブルが気になった。これだけのスペースがあれば、客席をもう少し確保できるはずだ。

お子さんやご年配の方が、ゆったり座れる場所がもっとほしかったんです。レトロなイメージに合うようなソファー席があれば、普段使いの人も『あそこに座りたいな』と思ってもらえるだろうと。そこでテーブル2台を撤去することにしました。
しかし家具の選定を業者に依頼している時間はない。清水はイメージに合う家具店に足を運び、店内の写真を見せながら何度も相談をしたという。自ら図面を引いて家具の配置を決め、注文も配送などの手配も行った。「届いた家具を自分たちで組み立てて、配置まで全部やりましたね」と清水は目を細める。


上原に依頼したメニューは着々とできあがっていた。清水からのオーダーは、レトロ感があり、かつボリューム感も満たすもの。真っ赤なケチャップがかかったオムライスや、太めの麺がどこか懐かしいナポリタン、昔ながらの固いプリンが乗ったプリンアラモードなどがラインナップに並ぶ。海老名にちなんで、海老と野菜を使った「エビナカレー」といった遊び心あるメニューも用意した。
かつボリューム感のあるものを考案した

時間はありませんでしたが、メニューは定番のものですし、内装もすごく凝るわけではないので、その辺りの心配はあまりなかったですね。むしろ心配だったのは、オープンしてからのこと。商品の質が担保できるか、サービスのクオリティが保てるかのほうが心配でした。
新たなブランドで店をオープンさせれば、人材育成もゼロからやらねばならない。そこで店長として白羽の矢が立ったのが、Head Quarters Cafeやフォレスティカフェで経験を積んできた宮嶋だった。 5月中旬、宮嶋は後藤から突然呼び出され、「新店舗の責任者になってほしい」と告げられる。唐突な依頼だったが、断る選択肢はなかった。これまで経験したことのないジャンルであり、宮嶋の目には新鮮で魅力的に映ったからだ。6月から本社で準備に入り、1週間後には現地での採用面接に臨む。後藤も人材採用をサポートした。

和食系に比べ、洋食系は募集をかければ人が集まりやすいので、新規採用についてはスムーズでした。ただ、新人ばかりでは開店後のオペレーションには不安が残ります。店を分かっている人が1人いるだけで全然違うので、旧テナントを運営していた会社に交渉して、以前働いていたスタッフに残ってもらえないかとお願いしました。
こうして、旧テナントからは12~13名が残り、パート・アルバイトはトータル30名ほどを確保した。旧テナントとは運営方針が異なることもあり、新旧スタッフを織りまぜた教育には難しさも感じたが、「ベテランの調理人や接客スタッフを採用できたので、非常に心強かったですね」と宮嶋は振り返る。


そして迎えた2023年7月8日、「ビナキッチン」はグランドオープンの日を迎えた。
稼ぎ時である夏休みを逃すわけにはいかない、かといってオペレーションに不慣れなまま夏休み直前にオープンすれば、お客さまに迷惑がかかってしまう。夏休みまでの“助走期間”を考慮したうえでの、7月8日土曜日のオープンだった。

オープンまで紆余曲折ありましたが、新たな地に新たなコンセプトでお客さまをお迎えできることに、とてもワクワクしていました。レトロなメニューも気に入りましたし、ロマンスカーミュージアムの中で働けることも嬉しかったですね。
休日のロマンスカーミュージアムは、朝から入館待ちの長蛇の列ができる。夏休み期間中は、目が回る忙しさだった。当時、担当社員は宮嶋1名のみであったため、オープン当初は上司や先輩社員の協力、そして店舗スタッフの頑張りに助けられながら、難局を乗り越えていった。

最初は本当にバタバタでした。オープン当初はネット回線も開通していませんでしたし、調理オペレーションの習得にも時間がかかってしまって。営業を続けつつ、課題をひとつひとつ改善していきました。
オープン1年目はすべてが手探りだ。宮嶋は夏休みが終わる9月以降が気がかりだった。この繁忙期が落ちついたら、どれくらいの売上になるのだろう。課題は平日、特にミュージアムが定休日である火曜日だった。
宮嶋らはグルメサイトの登録などプロモーションに手を尽くした。すると平日の一般利用も徐々に増えてきたという。コンセプトを決めるときに「ミュージアムの附帯施設からの脱却」を考慮したことが、ここで効いてきた形だ。

土日はミュージアムのお客さまで満席になる一方、平日は主に女性客やご年配の方々の“憩いの場”としてご利用いただいていますね。ランチタイムは、周辺にお勤めの男性客も多いです。あとは団体利用。小田急電鉄本社をはじめグループ会社の懇親会や、ミュージアム関係者の集まりで利用されるなど、宴会需要も生まれています。


オープンから2年以上が経過した。ビナキッチンの認知度は高まっており、宮嶋は「まだまだ伸ばせるところがある」と意気込みを語る。アルコールの提供もはじめ、夜間帯の売上に伸びしろを感じているところだ。
ただ、清水は今後の展望について「2号店を出すことは考えにくい」と語る。もともとビナキッチンは、場所ありきで組み立てた業態であり、汎用性があるかは未知数だ。むしろ「その土地にフィットした店を開発する」という選択肢を選べることが、小田急レストランシステムの強みでもある。

たとえば小田急百貨店に店を出すとなった場合、小田急レストランシステムで3~4店舗を出店することになります。当然、同じブランドの店を出すわけにはいかない。特に洋食系は、どんな店を作るのがベストなのか、その都度考えることが多いですね。結果的にチェーン展開まで見込めるのが望ましいですが、それが叶わなくても、新たなブランドができればOKだと考えています。
小田急レストランシステムのブランド力は、既存の型にはまらず、常に新たな可能性を模索する探究心に支えられていると言っていいだろう。では彼らは自らの仕事のどのようなところに、やりがいを感じているのだろうか。

全員が成功に向かって一致団結するので、その結果生まれる達成感はたまらないものがありますね。オープンした後、少しずつ店をアップデートしていくという楽しみもあります。小田急グループの方々と広く知り合えるのも、やりがいのひとつです。

人と同じ時間働くのなら、一生懸命に取り組んだほうが充実すると思っているんです。何事も一生懸命やると、学びや楽しさが見つけられるようになります。ビナキッチンでも、試行錯誤を精一杯繰り返すこと、仲間と協力して乗り越えることを学びました。学生の皆さんには、主体的に動くことで、楽しく働いてもらえたらと思いますね。
応募者の皆さんに伝えたいことは?という質問に、清水は「いい方向に深掘りをする癖をつけてほしい」と答えた。

今回のビナキッチンに限らず、仕事では『本当にこれでいいだろうのか』と常に考えています。もちろん『こんなことをしていいのか』というネガティブな意味ではなく、もっと良い方向はないのかと可能性を探り続ける。そうすることで、自分の想像を超えたものが生み出せると思っています。
ビナキッチンも「短い期間ながらも考え抜いたことが成果につながった」と清水は振り返る。徹底して掘り下げ、考え抜き、一生懸命やることで周りもついてくる。ビナキッチンの成功は、携わった社員たちに大きな自信を与えただろう。次はどのようなブランドで、私たちをワクワクさせてくれるだろうか。
※本内容は取材当時のものです。
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